【 優しさと強さと夢( 22/10/25 tue )】「政治家の握るマイクには人々の暮らしと命がかかっている、暴力に怯まず臆さず街頭に立ち続ける勇気を持ち続けよう」野田元総理の安倍元総理の追悼演説その一つ一つから血の通った温もりを感じ得て拝聴していました。総理大臣親任式での皇居の控室、勝者と敗者が一緒になる空間で安倍元首相から励まされた思い出、選挙中に発した大失言への後悔の念と天上の安倍元首相へのお詫び、闘い続けた優しき政治家の魂に対する敬意が滲み出る野田元総理の演説に心からの拍手を送りました。
政治的立場の異なる故人への追悼だからこそ感じる温もりの一幕は、岐阜市議会にもありました。それは故細江茂光前市長が逝去された後の名誉市民推挙が議題となった時の共産党は堀田信夫市議の討論の時でした。曰く「細江さんとはこの議場にて、政策上のこと、政治姿勢について、口角泡を飛ばさんばかりの議論をいたしましたが、今は大変懐かしく思い出されます。その激しい議論を交わした後には、しばしば私の携帯に着信がありました。時には飲みに行くお誘いもあった。遂に唯の一度もお応えすることはなかったのですが、舞台から降りられたわけだし、今度お誘いがあった時には応えようと決めていた矢先の訃報でした。もうかかってくることのない彼氏の携帯番号だと分かっていても、メモリを消せない、もういないと思うと淋しい思いがします…、しかし名誉市民は別。政治家の評価は常に分かれる。従って私共は本議案の採決からは遠慮させて頂きます」そんな趣旨の発言をされ、議場から退席されたのでした。細江さんへの追悼を述べる一方で、政治的立場を貫かれながらも、反対ではなく議決に加わらない選択をされた、そんな珍しい場面だったことを鮮明に覚えています。
こうした温もりある討論が、実は旧岐阜市庁舎での最後の岐阜市議会本会議でした。とても爽やかな締めくくりの本会議場だったことを思い起こします。
「優しさと強さと夢」表題のこの言葉は、学生時代に橋本大二郎高知県知事(当時)のインターンに参加した時に、橋本知事から頂いた言葉です。ノートに書いてもらい、今でも大切に残してあります。野田元総理のように、また身近では堀田市議のように、政治的立場は違えど常に血の通った政治姿勢を大切に、私も引き続き議場に臨み、街頭にも立ち続けたいと思います。